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キャンプ・シュワブ

歴史

キャンプ・シュワブ ロゴ
キャンプ・シュワブの名前の由来は、沖縄戦で自らの命を危険にさらし、勇敢かつ剛勇に活躍し、1947年5月7日に名誉勲章を受章したアルバート・シュワブ一等兵にちなんで名付けられました。

同施設は沖縄本島北部の久志岳下方傾斜に位置し、アメリカ海兵隊で最も歴史の古い第四海兵連隊の本拠地でもあります。

そして部隊配備プログラムに参加している2つの歩兵部隊、戦闘攻撃大隊と第三偵察大隊もすべてキャンプ・シュワブに駐在しています。

即応物資中隊の弾薬小隊、即応物資大隊、第三海兵役務支援軍もまたキャンプ・シュワブに属し、辺野古弾薬補給所の運営をしています。

1944年、日本海軍の潜水艦基地としてタンキ浜ビーチ(現在の大浦湾ビーチ)に基地が建設されましたが、1945年3月の米軍による空爆と砲撃により同施設は崩壊されました。

1945年4月5日、米軍がこの地域を占領し同施設を補給基地として使用、同年6月25日に今帰仁村、伊江村、本部町の住民がこの地域に引っ越してきました。

結果その地域の人口は四万人近くに膨れ上がり、その地域は大浦崎市と改名されました。

1946年6月にはこの地域に駐在する米軍は撤退し、住民によって芋や米やサトウキビ等が耕作されました。

1956年11月、県内でいくつかの基地候補地交渉が行われ、辺野古地区に隣接する大浦崎市が選ばれ、1959年11月、建設工事が終わると最初の海兵隊の部隊がキャンプ・シュワブに到着しました。


任務

キャンプ・シュワブの任務は、訓練施設の整備と運営を行い第三海兵遠征軍を支援することです。


地域への関与

キャンプ・シュワブの海兵隊員たちは、友好協議会、シュワブ・スポーツ・デイやボランティアの福祉活動等、年間を通してさまざまな地域交流プロジェクトを実施しています。

また同基地の海兵隊員たちは、辺野古や名護市の住民と共に辺野古スポーツ・デイ、名護ハーリーや沖縄相撲大会、大綱引き大会、名護桜祭等の文化交流プログラムにも参加しています。


教会
メディカルクリニック
ビーチヘッドクラブ
PX
Schwab Chapel
Schwab Medical Clinic
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映画館
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ボーリングセンター
水泳センター
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宿泊施設
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その他のリンク
気象庁による台風最新情報 台風最新情報
米軍が使用する台風コンディションコード TCCOR
在日米海兵隊によるトモダチ作戦 トモダチ作戦
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